竹中 宣雄さん

竹中 宣雄さん

ミサワホーム株式会社 代表取締役社長

1948年 和歌山県和歌山市生まれ

1972年 法政大学社会学部卒業

希望だけが、未来を創ることができる。

良き師と巡り合い、校歌が絆を強くした大学時代。

学生時代の思い出はたくさんありますが、強く印象に残っていることが二つあります。ひとつは良き師に巡り合えたことです。記号論を専門にされていた社会学部の中野収先生です。当時「11PM」などにも出演していた人気の先生でした。先生から学んだことはたくさんありますが、それだけでなくゼミの仲間と夜通し討論したことや、合宿をしたことは、今でも一番記憶に残っていますね。

もう一つは野球です。当時、法政大学は、優勝の感動が薄れるぐらい優勝を重ねていました。当時のエース、山中さんの勇姿は今でも鮮明に覚えています。そして、野球観戦に行くと必ず校歌を歌っていましたね。法政の校歌は早稲田、明治とならび、日本三大校歌として有名です。どこのカラオケに行っても、この三大学の校歌は歌うことができるようです。今でも法政大学出身のお取引先の方々とカラオケに行った際は、肩を組んで校歌を歌います。皆さんも法政OB・OG同士でカラオケに行った際は、ぜひ歌ってください。校歌がネットワークを作り、絆を強くして誇りを生む。それぐらいの力が法政の校歌にはあると思います。

一流は、ここぞという時にチャンスを掴む。

野球選手で「3割バッター」というと一流選手です。引退後もコーチや監督の道があり、名選手として人々の記憶に残ります。一方、球団はチームの選手には最低2割8分は打ってもらいたいと思っています。しかし、2割7分9厘しか打てなかった場合、ある程度の年齢の選手の場合は自由契約になる可能性もあります。

では、3割バッターと2割7分9厘のバッター、ヒットの数はどのくらい違うと思いますか。実は、1ヶ月にヒット約2本、2週間に1本しか違わないのです。この、ほんのちょっとの差で人生はものすごく変わるものなのです。

イチロー選手は、いつもたくさんのヒットを打っているように思われるでしょう。でも、打てない日も結構あるのです。ここぞという時に固め打ちをするのです。チャンスを掴むのです。成功する人は、間違いなくチャンスを掴んでいます。チャンスを掴むには、努力はもちろんですが、1年中、24時間、アンテナを張って集中していなければなりません。

百里を行く者は九十里を半ばとす。

私が大切にしている言葉に、“百里を行く者は九十里を半ばとす”という中国の諺があります。一流といわれる人達を見ていると、この言葉をいつも思い出します。ここまできたらもういいや、という考えは彼らにはありません。百里を歩く人が九十里まで来ると、もうほとんどゴールまで来たと思います。しかし、まだ半分ぐらいしか歩いていないのだ、ということを心に念じながら謙虚に百里を目指しなさい、最後の最後まで気を緩めないという教えです。私はこれを一番の信条にしています。

法政OB・OGというプライドに気づかされた田中先生のスピーチ。

「法政大学の学生でいるのは4年間しかありません。しかし、卒業したら一生涯法政OB・OGなのです」という「オール法政新年を祝う会」での田中優子先生のスピーチには、とても感動しました。

法政大学が第一志望でなかった人もたくさんいるでしょう。しかし、自分はどこにいっても、どんな服を着ても、どんなポジションについても、一生涯法政OB・OGなのです。であるならば、もっと法政OB・OGであることに誇りをもって、人生を過ごしたほうがいいと思います。

そして、希望を持ってください。フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、著書「実存主義とは何か」の中で「希望だけが未来を創ることができる」と語っています。私が法政にいたころは、自分の人生だけでなく、日本の国や世界に対しても、みんな希望を持っていました。そして、希望があったころは、みんな「革命的」でした。
皆さんには自分の原点を見つめ、生命という限られた時間の中で、希望を抱き、精一杯自己を燃焼していただきたいと思います。

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